担当:
地球環境科学部環境システム学科 助教 関根一希
NPO 法人 生物多様性研究・教育プロジェクト 理事 三枝誠行
国立研究開発法人国際農林水産業研究センター 研究員 姜奉廷
岡山県農林水産総合センター水産研究所 専門研究員 増成伸文
内容:
「研究目的・研究方法」
現在、世界各地で熱帯林の減少やサンゴ礁の劣化、外来生物の影響などが報告され、生物多様性の急速な損失が懸念されている。生物多様性がもたらす恵み、すなわち生態系サービスは人間が生存する上でも欠かせないものである。エビやカニを含む甲殻類といった1つの動物グループをとっても、直接漁業の対象となり、人間の食料資源とされる有用種や、魚類などの餌料となる種も多くいる。湿地や湖沼、河川、干潟、マングローブ、サンゴ礁などといったウェットランドや海洋といった水圏生態系に果たす役割は大きい。しかし、世界的にウェットランドの生態系の劣化は著しく、人為的な開発によって生息場所の消失や水質の汚染、外来生物の侵入など生物多様性の低下が引き起こされている。そのため、国際的に生物多様性の保全・再生に対する取り組みがなされてきている。
甲殻類は既知種として68,000種ほど知られるが、現在の新種の発見速度から計算して、地球上にはあと5倍ほどの甲殻類が生息すると推定される。しかし、世界各地で急速に生物多様性が損失している現在、新種として認識される前に絶滅してしまうものも多く存在する。したがって、正確な生物多様性の把握が急務と言えるのだが、容易なことではない。新種記載には時間を要す上に、グループによっては記載された種だとしても、種同定することは専門家でなければ難しい。さらに、同種のような形態であっても、実は違う種であるような、隠蔽種もしばしば認められる。そのため、遺伝情報を用いて、種の違いを特定するようなDNAバーコード法も用いられている。まだまだデータは少ないものの、各種の遺伝情報が蓄積されるようになってきている。
本研究では、海洋生物の中でもっとも高い種数をもつ甲殻類の中でも、水産業において価値の高い十脚目の多様化の謎に迫る。十脚目ではエビやカニ、ロブスターなどが知られ、食用として利用される甲殻類はほとんどこのグループである。一般的に認知の高い甲殻類グループであり、著しく大きな鉗脚 (ハサミ) をもつものもいる。貝などの固い餌を食べるグループは特に発達した鉗脚をもっており、形態的にしばしば左右非対称となる。いわゆる人間でいう右利きと左利きであるが、行動生態によっては、少数派が有利となるような負の頻度依存選択が生じたり、求愛行動や生殖に関連すれば、生殖隔離や種分化に至るなど多様化に関わる事象であることが推察される。
また、河川や海洋などの環境は連続した同様の環境に見えながらも、異質性のある環境となっており、種ごとに特定の環境条件がそろった地域にしか分布できないことがある。そのため、地域ごとに不連続な局所集団が形成されることになり、しばしば集団間での遺伝的差異が生じる。このような遺伝的分化は生物種の移動能力や地域環境への適応、分布拡大過程の履歴を反映している。時には隠蔽種が生じることもあり、人為的な開発による攪乱や温暖化が生じてきている今日、できるかぎり崩される前のオリジナルとなる空間的遺伝構造や遺伝的多様性、遺伝子資源を把握しておくことは早急に対応すべき課題である。
(1) 甲殻類十脚目の多様化と体制の非対称化への進化
イシガニ、ガザミ、モクズガニ、ヤシガニ、ヤドカリ、ザリガニなどのグループを対象に飼育実験を行ない鉗脚の発生過程の観察と左右性の有無の検証や左右性に伴う行動生態や生殖・繁殖生態の違いを明らかにする。これらのミトコンドリアDNAや核DNAを対象に遺伝子解析を行ない、分子系統樹推定と左右性の起源を明らかにする。
(2) 日本における甲殻類十脚目の分布状況と遺伝構造・遺伝的多様性の把握
採集調査や文献探索によって甲殻類十脚目の分布状況を調べ、DNAバーコードにも用いられているミトコンドリアDNAのCOI遺伝子の塩基配列解析から、遺伝子構造と遺伝的多様性を明らかにする。
本研究での主な作業は、(1) サンプルの確保・分布調査、(2) 飼育実験、(3) 遺伝子解析、(4) 学生への教育、(5) 研究発表となる。 研究代表者は(2) 飼育実験以外の作業を担当し、(3) 遺伝子解析や (4) 学生への教育を中心に実施した。
NPO法人 生物多様性研究・教育プロジェクトの理事である三枝誠行氏は、分類群問わず幅広い分野での研究に精通し、活躍している研究者である。(1) サンプルの確保を担当し、海洋フィールドといった特殊な環境での採集や分布調査、海外研究者へのサンプルの提供を依頼してもらった。また、様々な分類群の飼育経験に基づいた、飼育実験を実施してもらった。
岡山県農林水産総合センター水産研究所の専門研究員である増成伸文氏には、専門の分野である「水産(種苗生産・魚病診断・資源調査など)」の経験を活かした (1) サンプルの確保と(2) 飼育実験を担当した。
国立研究開発法人 国際農林水産業研究センターの研究員である姜 奉廷氏もまた水産領域であり、エビの種苗生産技術開発をしている。エビの飼育系、成熟メカニズムに精通し、本研究での左右非対称形態によって引き起こされる繁殖・生殖機構への影響を精査する上での助言や情報提供を担当した。
「研究成果」
(1) 甲殻類十脚目の多様化と体制の非対称化への進化
(i) ガザミの鉗脚の左右非対称性と利き脚の反転 (Masunari, Sekine et al., 2020)
ガザミは左右にハサミ状の鉗脚をもつが、右側の鉗脚は左側より形態的に大きく、挟む力も強い。ガザミはいわゆる右利きであり、餌となるアサリなどの二枚貝を割る際には決まってこの利き脚を用いる。この鉗脚の左右性は、メガロパ幼生期から形態的に認められるようになる。しかし、発生の途中に利き脚である右鉗脚を切除したり (切除された鉗脚は脱皮後に再生)、動かないように固定すると、左右性が入れ替わり、左側の鉗脚が大きく力強いハサミへと成長し、左利きとなる。しかし、本来なるべき右利きの個体に比べると、左利き個体となった左の鉗脚サイズは小さく、挟む力も弱くなってしまう。本研究では、これらの鉗脚の発生 (図; 発生ステージごとの鉗脚のサイズ測定) や飼育実験・行動観察を行なった。発表論文 (Masunari, Sekine et al., 2020) では、利き脚への発生をクラッシャープログラム、利き脚ではない方の脚の発生をデフォルトプログラムとし、利き脚の反転はこれらの発生様式の切り替えによって生じるとする仮説を提唱した。また、「旭川源流大学実行委員会および岡山野生生物調査会総会2020年記念大会記念講演会」において、一般向けの講演を行なった。
(ii) ヤドカリ類における鉗脚の左右対称タイプと非対称タイプの進化 (Saigusa, Sekine et al., 準備中)
ヤドカリ類はヤドカリ上科の6科によって構成される分類群であるが、各科の単系統性については、議論されている。ヤドカリの鉗脚には、左右対称タイプ、左右非対称で左側が大きいタイプと右側が大きいタイプの3タイプが認められる。鉗脚の左右性タイプについては、各科で統一されているわけでない。これらの左右性の進化を明らかにするため、現在、ヤドカリ類のサンプルを網羅的に確保しつつあり、形態測定や遺伝子解析・分子系統解析を行なっている。

(2) 日本における甲殻類十脚目の分布状況と遺伝構造・遺伝的多様性の把握
(i) 外来生物カワリヌマエビ Neocaridina spp.の立正大学熊谷キャンパス水路への侵入 (関根ら, 2020)
2016年-2019年度生物学実験の履修生を対象とした学生への教育を兼ねた研究であり、2019年度生物学実験SAを担当した学生2名との共同研究となる。立正大学熊谷キャンパスおよびその周辺において形態的にミナミヌマエビに類似した個体が多数採集されており、西日本在来のミナミヌマエビ、あるいは国外からのカワリヌマエビ属 Neocaridina spp. といった外来生物が生息しているのかを明らかにするため、形態比較および遺伝子解析を行なった。また、今後の新たな系統の侵入や変遷に対するモニタリングができるように、得られたサンプルの遺伝的特徴から、シーケンスを経なくても、簡易的かつ安価にスクリーニングできるリアルタイムPCRを用いたHigh Resolution Melt (HRM) 解析の実験系を開発した。
(ii) アナジャコ類の分布・個体群構造と遺伝子構造 (Kan et al., 準備中)
日本各地に生息するアナジャコ類のサンプルを確保した。これらのサンプルを対象に、COI遺伝子の塩基配列解析を行ない、遺伝子構造と遺伝的多様性を明らかにしている。