比企丘陵の天水を利用した谷津沼農業システムが日本農業遺産に選定                    -立正大学谷津田イノベーション研究会の6年間の活動-


地球環境科学部環境システム学科教授 後藤真太郎
大学院地球環境科学研究科環境システム学専攻後期博士課程 佐藤響平

■1500年続く天水を利用した谷津沼農業システム

熊谷キャンパスの位置する比企丘陵では谷津地形が多く、谷津田にあるため池は谷津沼(沼)と呼ばれています。この地域は、荒川からの取水が困難であり、沼の水を繰り返し大切に利用して農業を営んできており、風土を共創して利用しながら共同知として出来上がった谷津沼農業文化が1500年以上前に始まり、現在もなお続けられています。

比企丘陵農業遺産推進協議会(滑川町、熊谷市、東松山市、小川町、嵐山町、吉見町、寄居町より構成)のエリアにこのような沼は300ほどあり、沼一つに小字が出来、小字境界は江戸時代から変わっていません。管理された沼は、生物多様性が維持され、1995年には沼普請が行われ管理されていた沼から天然記念物のミヤコタナゴが発見されました。この谷津沼農業システムの文化を世界農業遺産にしようという運動が2017年から始まり2023年3月に「比企丘陵の天水のみによる谷津沼農業システム」として日本農業遺産に選定されました。

谷津田イノベーション研究会の活動

立正大学は比企丘陵農業遺産推進協議会の幹事会に出席し、日本・世界農業遺産登録申請の取りまとめを行い、申請書作成にかかわってきました。さらに、大学が中心となり、産学官民の谷津田イノベーション研究会を組織して、地元からすれば当たりまえの天水だけを使った農業の価値、それを1000年以上維持してきた文化、およびそれによってもたらされた生物多様性など、比企丘陵の豊かな風土共創から生まれたヴァナキュラー(地域固有の文化)をGIS(地理情報システム)で見える化し、世界農業遺産への登録を目指し活動しています。 こんな中から、谷津沼農業システムの維持管理プロセスはSDGsそのものであることを実感しています。

研究面では、環境保全型農業版のスマート農業でドローン、IoTによる水位・温度の自動観測、化学分析、土壌微生物の評価を併用した科学的な農業に関する研究を行い、谷津沼農業の成立要因を分析しており、慣行農業から有機農業への転換を行う研修会にデータ提供してデータに基づいた農業を行っています。また、定期的に圃場の土壌微生物多様性を計測し、優良土壌についてはSoilマークの対象として認証し、アオパパイヤなどの各種野菜や、谷津田米を認証評価しております。この活動は、農林水産省のみどりの食料戦略の政策では、2050年までに有機農地を現在の農地の25%するという政策を追い風に、農業関係者からの関心を集めているばかりか、環境保全型農業を指向する志願者も現れています。

谷津田イノベーション研究会では、学生、農福連携、およびNPOの協働で谷津田での水稲栽培を行い、出来た谷津田米から権田酒造で清酒「谷津の祈り」を醸造。2021年のまるひろのお歳暮カタログの表紙を飾りました。さらに、酒粕からできた酒粕パンをウスキンベーグルで販売。谷津地形はエコツーリズムや農泊ツアー、スリバチ学会のフィールドにも使用されています。

また、これまで行われてきたオガワオーガニックフェスや熊谷圏オーガニックフェスとの連携も行ってきました。昨年度から「沼」をテーマにした国内外の様々なアーティストによるアートフェスティバルが開催され、様々なヴァナキュラーがアートの力で生物文化多様性を表現する事業が始まっており、今後の展開が期待されます。

 

[基本情報]

立正大学谷津田イノベーション研究会:https://www.facebook.com/groups/819540268226596

農福連携圃場:https://bit.ly/42L4pex

「沼」をテーマにしたアートフェスティバル: https://bit.ly/3xrIQC5